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2015年5月24日日曜日

聖霊の職務

今日は、キリスト教における三大祝祭日の一つ「聖霊降臨祭」(ペンテコステ)でした。
ペンテコステとは、使徒言行録2章1節にある「五旬祭」を原典のギリシャ語で「πεντηκοστή」((pen-tay-kos-tay')というのをそのまま言っています。
もう少し詳しく書きますと、「πέντε」(pen'-teh)が5を意味し、それに10を意味する「δέκα」(dek'-ah)の変化形が合わさってできた言葉です。

さて、この日を教会の誕生した時として覚えます。
なぜならば、この日を境にして、イエスの弟子たちが宣教を始めるからです。
これまでは、イエス様自らが福音を語り、神様の御旨を顕してきましたが、この時、聖霊が弟子たちに降ることによって、彼らのうちに神様の御旨を代弁する者が宿り、その方の力によって、弟子たち自身が神様、イエス様のことを宣べ伝えるようになったからです。
そして、どのような苦難の時にも決して彼らは、世の力に屈することなく、イエス様は主であると宣べ伝えました。
それは、彼らが偉大で、信仰が篤かったからということではなく、その根本には、この聖霊の御力が彼らの内に宿っていたからでしょう。

ルターは、この聖霊が成さしめる事がらとして「聖霊の職務」と表現して以下のように述べています。

聖霊は、真理も恒常性も無いこの世的慰安者ではない。聖霊は、真の永遠的な、また恒常的な慰安者であって、虚言や虚偽を持たない。聖霊は証言者と呼ばれる。聖霊はキリストについて証言し、他の何者については証言しないからだ。キリストについての聖霊の証言が無いと、真の慰安も固い慰安も無いゆえに、一切は聖書の本文を固く捉え『われはわがたために死にしイエス・キリストを信ず』という点に存する。聖霊―呼び出された証言者であり慰安者であるーは、キリスト教界において、何者についても証言しないが、ただキリストについて証言し説教し、かくしてすべての悲しめる人々を力づけ且つ慰める。われらの祝福なる救い主キリスト自身は、聖霊が永遠的な全能的な神であることを説きたもう。そうでないなら、次のような命令を発したもうことは無かったろう、『なんじら往きて、もろもろの国人を弟子となし、父と子と聖霊との名によりてバプテスマを施し、わがなんじらに命ぜしすべての事を守るべきを教えよ』。そこから、聖霊が、真の、また永遠の神であり、永久に、父及び子と力において同等であるという結論が生ずる。
ルッターの「卓上語録」より抜粋 佐藤繁彦訳

私たちルーテル下関教会(だけでなくあらゆるキリスト教会)は、この聖霊によって、この世にイエス・キリスト以外の事は証ししません。
そして、いかなる事柄もこの聖霊によって証しされたことによって教会の業は成るのです。
神様の御旨を顧みない手前勝手な思いが時として人間、教会を支配しそうになります。
そうでなく、この聖霊の力、語らしめる言葉、成さしめる行ないによって私たちはいつも歩んでいくということを忘れずに生きたいものです。